• 3 年前
日本海軍が建造した世界最大の戦艦、大和。全長263メートル、世界最大の46センチ砲は、1発で戦艦1隻を沈める威力があるとされていました。
太平洋戦争末期の昭和20年4月5日、大和の広大な甲板は乗組員たちで埋め尽くされていました。これまでにない特別な命令が下ったのです。「海上特攻隊」として沖縄に突入せよ。それは、生きて再び帰ることを望んではならない作戦でした。
この時、沖縄は激しい攻撃にさらされていました。アメリカ軍は沖縄を日本本土攻略の拠点とするため、50万の兵力を動員、2000隻の艦船で包囲します。大和を主力とする海上特攻部隊は、最後は浅瀬に乗り上げてでも、砲撃を続けるよう求められたのです。
4月6日に出撃した大和は、翌7日、鹿児島県の沖合でアメリカ軍艦載機の激しい攻撃を受けました。低く厚い雲を利用して、航空機が次々と大和の懐へ飛び込んできたのです。真上から襲いかかる航空機に主砲は狙いを定めることができません。高角砲や機銃による必死の抵抗が続きました。しかし、アメリカ軍は、大和の左舷に魚雷を集中して撃ち込み、決定的な打撃を与えます。大和は大きく傾き、沈没しました。
この時、乗り組んでいた3332人の9割以上が船と運命をともにしました。そして、生き残った乗組員も、「なぜ、自分は生き残ったのか」と答えの出ない問いかけを続け、長い戦後を生きてきました。

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