• 8 年前
それからの日々:「しかし私はいま、過ぎた悲嘆御日々を語りたいのではない。私が語りたいのは、退院し、家族の元へ帰ってきた兄の、生きている今の姿である。」堤 万里子さん

佐賀県に住む堤万里子さん(66歳)が記した、統合失調症の兄との日々をつづった手記を紹介する。万里子さんは、精神を病んで45年近く療養生活を送ってきた兄・靖紘さんを引き取って一緒に暮らし始めた。徐々に家での生活に慣れ、気になっていた症状が落ち着いてきた兄。初めての海外旅行などさまざまなことを経験しながら、残りの人生を穏やかに送ろうとする万里子さんと兄の日々をみつめる。

堤さんの兄靖紘さんは、10代で統合失調症と診断され、45年間にわたり、病院で療養生活をしていました。大好きだった兄のことを、常に案じながら日々を 過ごしていた堤さん。あるとき、病気になりながらも変わらない兄の優しさにふれ、兄を引き取り、共に暮らす決心をします。
12年前に家に帰ってきた靖紘さんは、予想以上に早く日常生活に慣れていきました。兄妹2人で新たな挑戦を続け、ときに失敗もするなかで、堤さん自身も成長しています。
支えあいながら歩む兄妹の日々と、穏やかな幸せを見つめます。

◎堤 万里子さん「病気があっても一緒に暮らすことをあきらめないで」
《堤 万里子さん プロフィール》
統合失調症を発症し、45年間療養生活を送っていた兄・古賀靖紘さんを12年前に病院から引き取り、一緒に暮らしている。兄との関係や暮らしについて、手記『それからの日々』にまとめ、第50回「NHK障害福祉賞」で優秀賞を受賞した。

――番組では堤さんと靖紘さんの日常を紹介しながら、作品が生まれた背景などを紹介しましたが、収録はいかがでしたか。
 賞をいただいて、テレビにも出るなんて経験はこれまでなかったので、兄のため にもよかったなと思いますね。別に隠れていないといけないわけでもないので、いろいろお話できて楽しかったです。障害者の方とか、障害者を抱えた家族に対 するこのような公募ってあまりないですが、とても大事なことだと思いますね。

 

――どんな思いを込めて手記を書かれたのですか。
 兄は長い間、療養生活をしていて、もう少しなんとかできないかなと思う気持ち があったものですから、12年前にうちに帰ってきてもらったんですね。最初はこの生活に今ほどの期待をしていなかったと私自身も思います。普通に暮らせれ ば、病院にいるよりはましだろう、くらいの気持ちでしたけども、家に帰ってきてひとつずつ体験していったら、みんな“自分のもの”にしていくんですよね。 最初に選挙で投票ができたときは先生もびっくりされましたよ。これだけよくなるんだって。そうして長い時間をかけて、焦らなければ、病気はよくなる。そう いう体験をしたので、それを聞いてもらいたいという気持ちもあって書こうと思いました。精神疾患がよくなって元の生活に戻るというのは、できるようで難し い話でもありますけど、あきらめないでほしいなって。それが一番大事な気がします。

 ―― 一緒に生活するようになって、靖紘さんに変化はありましたか。
 病気は比較的安定してきました。表情も活気が出てきたというか、やっぱり療養生活をしているときは病人の顔だったなと思います。それから、少しずつ「○○したい」という願望や希望を出すようになりました。

 ――たとえばどのような願望を言ったりするのですか。
 一番驚いたのは、「台湾に行きたい」と言ったときですね。やっぱり療養生活だ と自分が望んでも何ひとつ叶わないじゃないですか。お見舞いでおいしいものをもらっても、しばしば会いに来てくれても、それでも自分の人生は報われないん だという気持ちがあったんじゃないかな。うれしいともなんとも言わない生活が長かったですからね。それが少しずつ喜んだり、楽しんだり、希望を持ったりで きるようになりました。それは人として当たり前のことなんですけどね。

 ――靖紘さんは何をしているときが一番生き生きとしていますか。
 本を読んでいるときとか、私の孫たちと会っているときはとても喜んでいますね。子どもが好きなので、テレビのコマーシャルで赤ちゃんが出ると、かわいいかわいいって言っています。

 ――堤さん自身は、一緒に生活するようになって変化はありましたか。
 穏やかになりましたね。働いているときは、仕事は仕事できびしいし、人と競う 気持ちもあって、それなりの緊張感もありましたけど、そういうこととは正反対の人と一緒に暮らしておりますのでね。先日も選考委員の柳田邦男先生が私のこ とを「非常に静かで、穏やかな人」とおっしゃってくださったんですけど、あんなに騒々しかった私がなぜそうなったんだろうと考えたんです。でも、きっとそ れは兄と暮らしているからでしょうね。すごく満ち足りているなと感じます。まあ、みんな歳をとりますから、これがいつまでも続かないというのははっきりし ているんだけれども、こういう暮らしを経験したので私はもう悔やむことはないと思っています。

 ――堤さんにとって、靖紘さんはどんな存在ですか。
 やっぱり「家族」ですね。家族の大切さとか貴重さというのはこれなんだよねっ て思います。私は子どもにも「一番大切なのは家族だよ」と言うんだけれども、いい時だけじゃなくて、よくないときも家族って大事なんですよね。私も兄との 運命的な出会いがなかったら、なんともしようのない人間だっただろうなと思いますね。

――今回の番組をご覧になる方には、どういったことを感じてほしいですか。
医療の世界も日進月歩だし、世の中も少しずつ変わってきていますから、あきら めないでほしいということですね。そして、外に出てきてもいいのよっていうことを伝えたいです。ひっこんでいたら嫌な思いをすることはないかもしれないけ ど、できることから始めて、外に出てきてもらったら、本人も周りも幸せなのかもしれないということですね。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/summary/2015-12/24.html

お勧め